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「スペイン留学で本場のフラメンコギターを聴いたら、心に火がついた。」フラメンコギタリスト徳永兄弟ロングインタビュー(#1)

前回インタビューしたベーシスト森田悠介さんに「次にインタビューする方をどなたかご紹介してもらえませんか」と尋ねたところ、名前が挙がったのが今回登場する徳永兄弟のお二人でした。

2020年5月の外出自粛期間中、新潟のご実家に戻られていたタイミングに、初対面にも関わらずすぐに打ち解け、ざっくばらんな雰囲気でオンライン対談に応じてくれました。

2時間ほどのロングインタビューを4回に分けてお届けします。

満ちる
満ちる
第一回目の今回は、お二人が生まれた時からそばにあったフラメンコギターの世界、スペインギター留学時代のエピソードなどを取り上げます。

続きはこちら

音楽家の天敵は「物件探し」と「通勤ラッシュ」?フラメンコギタリスト徳永兄弟ロングインタビュー(#2)

「フラメンコの魅力は特有のリズムと肌で感じられるグルーヴ感!」フラメンコギタリスト徳永兄弟ロングインタビュー(#3)

こんな人に読んでほしい!

✔フラメンコギターの世界をのぞいてみたい人

✔ スペインへの音楽留学に興味がある人

✔ ギターをはじめ楽器習得に強い情熱をもってとりくんでいて、上達のコツをつかみたい人

✔ 憧れのミュージシャンに近づくにはどのような考え方で取り組めばいいか知りたい人

✔ 進化し続ける生粋の音楽家の情熱にふれ、創造力とインスピレーションを感じたい人

フラメンコギタリスト徳永兄弟とは?

幼少期より父、徳永武昭のもとフラメンコギターを始める。
中学卒業後スペインへギター留学。
日本フラメンコ協会新人公演奨励賞ギター部門を兄弟共に2年連続受賞。
兄はスペインのセビージャにてCERTAMEN ANDALUZ FLAMENCOS アンダルシアフラメンココンクール準優勝
弟は2019年にスペインのバルセロナでの国際コンクールで決勝進出し4位に入賞。
その後、日本とスペインを行き来し様々な舞台にて活躍し現在に至る。
2022年 【日本コロムビア株式会社】とマネジメント契約を結ぶ

徳永兄弟公式ホームページ

日本では希少なフラメンコギタリストとは?

――お二人の動画などを拝見したんですが、すごく精力的に活動なさっていますね!

健太郎:そうですね。今年(2020年)は本当にもっと色々やろうと思っていたんですけど、このようなご時世になってしまったので、色々なことがストップしちゃいました。
でも、なるべく「今できることをやろう!」という感じですね。

康次郎:フラメンコギターは結構マイナーなジャンルで、みなさんにとっては一言で言ってもイメージしづらいと思うんですよね。
だから精力的にやらないとなって思っています。

健太郎:今後どのように活動していくかということは毎日考えていますね。

――毎日考えてるってすごいですね!

康次郎:クラシックギターだったら国内でコンクールがあったりコンサートがあったりといろいろできますが、フラメンコギターはそのようなベースになるものが全然ありません。
コンクールもほぼないし、自分たちでどんどん活動を広めていかないと知ってもらえないなと思っています。

健太郎:フラメンコギターには前例というか、その土台がありませんからね。

――フラメンコギターにもコンクールがあると思っていたのですが、無いんですか?

康次郎:コンクールに近いものなら一つあります。

健太郎:フラメンコのなかでも踊りの人口はかなり多いので、踊りに関しては奨学金を出してくれるコンクールなどが結構あります。
ただフラメンコギタリストは人口が少ないので、新しいコンクールができてもすぐなくなったりとか、1年で終わったりとか。

―― そうなんですか。

康次郎:フラメンコギターのコンクールは一つあるかないか、という感じですね。
しかもコンクールというよりは、毎年奨励賞を出す感じで、コンクールらしい感じではないですね。

健太郎:そうだね。国内のコンクールには最低限出て、あとはスペインのコンクールに出るしかないというか。

―― 日本国内で奨励賞を出してくれる団体があるんですか?

康次郎:「日本フラメンコ協会」というものがあります。
そこが主催している新人公演が毎年あって、踊りと歌とギターで審査されて、全体の出場者の10%くらいに奨励賞が出るという感じです。

康次郎:踊りは50~60人出場して5、6人が奨励賞を受賞できます。

―― ギターの参加者と奨励賞はどのくらいいますか?

康次郎:ギターの出場者は10人くらいなので、奨励賞は毎年一人くらいです。

康次郎:歌の出場者は20人くらいなので奨励賞は1人か2人かなという感じ。

―― そうなんですね。ところで、フラメンコギタリストの池川寿一さんとちょうど7、8年前にお会いしたことがあって。そのときは「踊り手はたくさんいるのにギタリストが少ないから、もっとフラメンコギターを普及させたい」とおっしゃっていました。「手に職をつける意味でも、音楽で生活していけるフラメンコギタリストを増やしたい。」と。

健太郎・康次郎:うんうん。

―― フラメンコギターの弾き手がいないために開催できなくなるイベントもあるそうですね。

康次郎:地方は特にそうです。ギタリストや歌い手がいないということもよくあります。

―― フラメンコの踊りはすごく普及しているのに、ギタリストなどの演奏家や歌い手の人数が足りなくて困っているんだとおっしゃっていたのが印象的でした。

康次郎:たしかにそうですね。

健太郎:池川さんはフラメンコギターを普及させようと、いちばん精力的に活動されているんじゃないかな。

康次郎:僕らの生まれ故郷である新潟も歌い手さんがいないので、うちの母が歌うこともあります。

―― 歌えるなんてすごいですね!お母様はフラメンコの歌手なんですか?

康次郎:いや、母は踊りの先生なんですけど、必要に迫られて歌わなければいけない感じになっています。

―― 踊り手であって、歌も歌うと?

康次郎:そうですね。歌い手がいないので、踊りと歌を掛け持ちしている地方の人はたくさんいると思います。

健太郎:フラメンコは歌がないと成り立たないですからね。

生まれたときからフラメンコとギターがそばにあった

――お母様はお二人が生まれる前からフラメンコの踊り手をされているんですか?

康次郎:そうですね。

――そうすると、お二人は生まれた時からフラメンコのある環境で育ってるんですね?

健太郎:そうですね。フラメンコはずっとそばにありました。

――他に兄弟はいないんですか?ギターは何歳から?

健太郎:兄弟は二人だけです。はっきり覚えていないけど8歳くらい、物心ついた頃からもうギターを弾いてました。

康次郎:そうですね。

健太郎:父親が近くでギターを弾いているのを観ていて、ギターはずっと身近にありました。
だから、初めからギターを習うという概念がなかったんです。
周りから英才教育のイメージを持たれるんですけど、まったくそんなことはなくて、おもちゃみたいにずっとギターで遊びながら育ったという感じです。

――お父様はギタリストなんですね!お母様とご夫婦でフラメンコも?

健太郎:フラメンコ界はそのようなカップルや夫婦が結構多いですね!

――レッスンを受けるまでもなく家にギターがあって、そばにずっとギターを弾いている人がいて、いつでもギターに触れていたんですね!

康次郎:そうですね。でも「いつでも習える」と思うと、やらなくなってしまうものなんですよね。
練習時間が毎週決められていればその通りやるんですけど、いつでも習える環境のせいで逆に練習をやらなくなってしまって。
うちの父も僕たちが小さい頃は練習を強制してこなかったので、全然上達しませんでしたね。

――そうなんですね。

健太郎:好き勝手にギターで遊んでいただけだったよね。(笑)

康次郎:そうだね。

兄・健太郎さんがスペインにギター留学したきっかけは「究極の二択」

スペイン留学したての頃の兄・健太郎さん セビージャにて

――お二人のうち、どちらが先にギターに目覚めたんですか?本格的にギターをやるぞ!と決めたのは同時でしたか?

健太郎:やっぱりスペインに行って本場のフラメンコを観たら火が付きますよね。
僕は康次郎より2歳年上なんですけど、中学校を卒業して15歳の時に初めてスペインに行ったんですよ。
そこですごい衝撃を受けて。
それをきっかけに、人が変わったように弾きまくるようになりました。

康次郎:中学生までは時々ギターを弾く程度だったので、まったく上達しなくて。

健太郎は中学を卒業してから勉強するのも嫌だし、ギターも上手くならないしで、スペインにモヤッとしながら行ったんだよね?(笑)

――モヤッと?(笑)スペインに行く段階ではギターをやるという決意があって行ったわけではなかったんですか?

健太郎:消去法ですね(笑)選択肢が、勉強を頑張るかギターを上手くなるかの二つしかなかったんです。

――勉強するのも嫌だし、どちらかといえばギターのほうがいいと?(笑)

健太郎:そうですそうです!残った選択肢がスペイン送りだったという……(笑)

――スペインに送られたっていう感じなの?(笑)

健太郎:送られましたね。スペインに置いていかれて、向こうでホームステイしたんですよ。

康次郎:それで兄が一年くらい経って帰ってきたら、信じられないくらいギターが上達してて。
それを観て僕も中学校を卒業してからスペインに行こうと思いました。
スペインってすごいんだな!って思いましたね。

スペイン語がまったくわからず悪戦苦闘の毎日

兄・健太郎さん フンダシオンクリスティーナヘレンの先生、クラスメイトと

――私も高校2年生と3年生のときにスペイン語を勉強したことがあります。そのときのスペイン人の先生はフラメンコをやっている人ではないのに、当然のごとくギターを弾いていて「僕の国では誰もがギターを弾くんだ!」って言っていたんですよ。実際そうなんですか?

健太郎:スペインの人はわりとみんな歌えたり、ギターを弾けたりしますね。

康次郎:地方にもよるかな。南のアンダルシア地方がフラメンコの発祥地なんです。
わりと南のほうの人はフラメンコを知っているんですけど、北に行くとフラメンコを知らない人が多いです。

健太郎:スペインでも北の地方はフラメンコの認知度がそんなに高くないね。

――スペインの中でも地域によって違いがあるんですね!お二人のホームステイ先はアンダルシア地方ですか?

康次郎:そうです。アンダルシアのセビージャに住んでいました。

健太郎:僕は8年間ずっとセビージャでしたね!
そこから移動していないし、マドリードにもバルセロナにも、どこにも行きませんでした。

――健太郎さんは15歳の時に1年間くらいスペインに行って、そのあとしばらく日本で過ごしてまたスペインに行ったんですか?

康次郎:最初は観光ビザで3ヶ月だけ行ったんですけど、そのあとに自分であらためてスペインに行こうと決意してビザを取って行ったんです。
そこから何回か行き来して、計8年くらいの間スペインにいましたね。

――スペイン語は向こうで勉強したんですか?

健太郎:スペイン語はまったくわからない状態で行ったんですけど、現地の人とコミュニケーションを取りながら覚えました。

――体当たりですね!

健太郎:まさに体当たりですね。(笑)

康次郎:いや、全然大丈夫じゃなかったよね?

――え?大丈夫じゃなかった?(笑)

健太郎:追い込まれないと何もできないんですよ。

康次郎:フラメンコ学校の先生が何を言っているのかもよくわからないので、先生がクラスで弾いてるフレーズを全部コピーしていました。余計なものまでとりあえず全部。
あと、学校に行った日がいきなりテストということもありました。
テストの日を言われてもわからないから、行った日がいきなりテストでめっちゃ点数悪かったです。まったく練習してなかったんで。

健太郎:抜き打ちテストみたいになる(笑)

康次郎:結構苦労しましたね。語学は勉強した方がいい。

――スペインに行くなら、語学は勉強しておいた方がいいですか?

康次郎:多少は。(笑)僕たちはスペイン語の知識ゼロの状態で、急にスペイン語メインの学校に行ったので。

健太郎:でも、逆に勉強しなかったから良かったということもありましたよ。

――それはどういうこと?

健太郎:コミュニケーションを取るときに、子どもや赤ちゃんと同じで現地の人の話し方を聞いて覚えていくので、ネイティブなスペイン語が身につくんです。
教科書や辞書などには載っていない話し方もわかってきます。
特にアンダルシアは訛りも多いんですよ。

――そうなんだ!

健太郎:スペルをやたら飛ばして話すので、標準的なスペイン語とはかなり違います。

康次郎:アンダルシア訛りは結構すごいですよ。
例えば日本語を勉強しても、行ったところがコテコテの関西弁を話す地方だったら全然聞き取れなくて、勉強していたことと違う!ってなりますよね。
そんな現象がスペインでも起こります。

僕はセビージャでフランスのギタリストと一緒に住んでいたんですけど、その人はしっかりスペイン語を勉強してきたのに全然意味がないと。
訛りが強すぎて勉強していたことが役に立たないと言っていました。
まあ、僕らはまったくのゼロの状態で苦労したので、多少は勉強して行った方がいいとは思いますけどね。

健太郎:俺は勉強嫌いだったからね。

康次郎:健太郎がスペイン語を勉強するわけないよね。(笑)

弟・康次郎さんも兄の背中を追い、スペインへ

弟・康次郎さん セビージャの大学での公演にて

――健太郎さんがめちゃくちゃギターが上手くなって帰ってきたとき、康次郎さんはどのように思ったんですか?

康次郎:小さい頃からずっと二人で一緒に重奏していましたからね。
僕はスペインには高校を卒業してから行こうと思っていたんですけど、それだとたぶん兄と一緒に弾けなくなるくらい数年で差が付いてしまうと思ったんです。
それは嫌だなと思いました。
あと、数年でこんなにギターが上手くなるなんてスペインってそんなすごいんだ!と思って、僕もすぐに行きたいと思いました。

――2歳違いで1年後だからまだ14歳ですか?

康次郎:そうですね。僕が中2になった時に健太郎がスペインから帰ってきていました。
僕も進路を決めなくてはいけない時期だったので、高校は行こうかなと頭の中では考えていたけれど、留学のことを母に相談したら「別にいいよ、あなたも中学を卒業したらすぐに行っても!」と言われたので「じゃ、行こうかな!」と。

――なんかお二人ともギターにどっぷり漬かっていますね!

健太郎:他のことをやったことがないからだと思います。

――それまでは生活の中にあるギターを遊びの感じで楽しんだり合わせたりしていたけど、中学生くらいのころから練習の日々になっていったんですね。

健太郎:そうですね!

スペインでは授業とレッスンの日々で頭がパンパンに

セビージャにてギタリストのビセンテアミーゴと(写真中央)

――スペイン留学当時の毎日のスケジュールというのはどんなものだったんですか?

健太郎:毎日学校漬けで、朝の9時から学校に行って夕方に帰ってきて、それが月曜日から金曜日まで。
毎日レッスンが5時間ありました。

康次郎:朝7時くらいに起きてバスで30分くらいかけて通学して、夜に帰って復習してまた朝早く起きてというのをただがむしゃらに繰り返してました。

健太郎:フラメンコってそんなに毎日学ぶものなの?というくらい授業とレッスンの日々でしたね。

――フラメンコってそんなに科目がいっぱいあるの?

健太郎:あります。
それで頭の中がごちゃごちゃになってギターをやめてしまう人もたくさんいて。

健太郎:とにかく毎日の宿題が多いんですよ。
テクニックのクラスがあって、踊り伴奏のクラスがあって、歌伴奏のクラスがあって、歴史のクラスがあって、みたいな。
一時間半の授業が月曜日から金曜日まで毎日何個もあるので追いつけなくなる。
授業は毎回違うことをやるし、予習復習を繰り返しやっていくと録音するメモリーカードもパンパンになるし、頭のメモリーカードもパンパンになる(笑)

――本当だね(笑)

健太郎:もうみんな、覚えることが多くてどうしようもない、という状況でした。

康次郎:大変でしたね。

健太郎:寝る時間もない、食べる時間もないという感じになって。

康次郎:それでも短期間でたくさんのことを一気に学べたというのは、かなりありがたかったですね。

――その学校時代は何年ぐらい続いたんですか?

健太郎:学科は1年括りなんですよ。
そして初級、中級、上級と階級が分かれていて、基本的には「ここに入りたい」と申請すると入れるんです。
僕らは中級クラスから入って、上級クラスへと階級を上げていって3、4年くらい学びました。
卒業後はその学校で講師として4年くらい働きました。

――それで通算8年くらいスペインにいたということなんですね!生徒さんはいろんな国から来ている人たち?

健太郎:そうですね。老若男女バラバラだし、国籍もバラバラ。

康次郎:ギターだとスペイン人が半分くらいで、あとは他の国の人です。
あとはヨーロッパ、アジア、アメリカの人もいましたし、世界各国の人が集まってました。

――学校の名前はなんていうんですか?

康次郎:Fundación Cristina Heeren(フンダシオン・クリスティーナ・ヘレン)です。
スペインでもフラメンコ学校って珍しくて、フラメンコを専門でやっている学校はそこしかないかもしれないですね。

――スぺインの中でも専門でやっていることは、その学校がフラメンコの中心的というか、代表的なところなんですね。

康次郎:今ではかなり有名になりましたね!
さらにどんどん規模も大きくなっていて、学費も僕らが入ったときより高くなっています。

――そうなんですか。

康次郎:場所も移転して大きくなりましたね。
毎日5時間もレッスンがあるところはなかなかないので、それが人気の要因だと思います。
他の学校だと個人クラスなどになってしまいますので。
学費もかさみますしね。

健太郎:お得だよね、日割りで計算したら安かったと思う。
毎日フラメンコの本場スペインのトップの師匠の人たちと会えるわけで、それだけでもすごいことじゃないですか。
そういう環境はすごいと思います。

――スペインに行くときは学校のことはどうやって知ったんですか?ご両親が調べてくれた?

健太郎:インターネットなどで調べました。

――学費はお父さんやお母さんが全部持ってくれたんですか?

健太郎:当時は両親が持ってくれました。

――良かったですね!恵まれていますね。

健太郎・康次郎:本当にそうですね。ありがたいです。

ここまで、徳永兄弟の生い立ちやスペイン留学時代のことをお話しいただきました。

満ちる
満ちる
#2では、スペイン留学から帰国後の東京での暮らしぶりと、お二人が「フラメンコギターソロ」の「デュオ」(後述)として活動し始めた当初のお話、ライフスタイルとして重要となる音楽家の住宅事情や、朝起きてから夜寝るまでのタイムスケジュールなどもお伺いします!ぜひ続きも読んでみてくださいね。

#2 へ続く

音楽家の天敵は「物件探し」と「通勤ラッシュ」?フラメンコギタリスト徳永兄弟ロングインタビュー(#2)