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「子どもの頃から、不思議と歌詞よりもサウンドそのものが聴こえていました。」ベーシスト森田悠介さんロングインタビュー(#1)

前回インタビューしたギタリスト下田雄人さんに「次にインタビューする人をどなたかご紹介してもらえないか」と尋ねたところ、間髪入れずに名前が挙がったのが今回登場するベーシストの森田悠介さんです。

2020年5月の外出自粛期間中にリラックスした雰囲気でオンライン対談に応じてくれました。

今回はご自身の音楽的ルーツから作曲のきっかけ、音楽を教える姿勢、忙しい日々の中で音楽と向き合う時間をいかにつくるか、トッププレイヤー達から学んだこと、学生時代の失敗談、音楽で一番大切なことなど、なんと通算4時間以上に渡ってたっぷりと語っていただきました。

満ちる
満ちる
今回は森田悠介さんのロングインタビューを3回に分けてお届けします

こんな人に読んでほしい!

✔ 音楽が大好きで、楽器に本気で取り組んでいる人、またはかつて楽器に本気で取り組んだ経験のある人

✔ 音楽の世界で成功を夢みているけれど、忙しくてなかなかまとまった音楽時間がとれなくて悩んでいる人

✔ プロミュージシャンとして成功する人の目のつけどころを垣間見たい人

東京音大では作曲指揮専攻で商業音楽を学ぶ

ーーまずは森田さんの生い立ちや、音楽のルーツを聞いていきたいと思います。出身は東京音大でしたよね?専攻は作曲指揮専攻?

はい。作曲指揮専攻のなかの商業音楽のコースでした。
作曲指揮専攻の枠はかなりデカいんですが細分化されていて、ガチガチにクラシックをやるコースと商業音楽をやるコースに分かれています。
商業音楽のコースの中で、さらにそれぞれの楽器に特化したプレーヤーを育成するみたいな感じですね。

ーー東京音大にも商業音楽系の専攻があるんですね。

東京音大は商業音楽のコースを始めた先駆けみたいな感じですね。
ドラマ「WATER BOYS」の音楽を書いている佐藤直紀さんや、アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」の音楽などを担当された菅野祐悟さん、B’zのサポートでベースを弾いていた徳永暁人さんが先輩にあたります。

ーー大学生の頃のお住まいは?

実家に住んでいました。神奈川県横浜市の、海のないほうです。

ーー横浜っていうと海のあるイメージですが?

横浜っていうとおしゃれなイメージですけど、通学路は田んぼや山や谷しかない所ですよ。だいぶ横浜のイメージとはかけ離れてますね(笑)そこから副都心線で池袋の大学に通ってました。

ーーその頃からずっとエレキベースだけですか?ウッドベースも?

ウッドベースは大学のジャズのセッションをする一環で、試しに触ってみたりしたことがあるんですが、僕、変に頑固なところがあって。
コントラバスに手を出すんだったらちゃんとクラシックの基礎から全部極めないと嫌だ!ってなっちゃって。
それだったらエレキベースをめちゃくちゃ上達した方が良くないか?って。だから卒業したらウッドベースは全然弾かなくなっちゃいましたね。

ーーウッドベースは大学にあったものを使っていたんですか?

いえ、激安で中古を手に入れたんですけど、学校に置きっぱなしにしてたので卒業したら置き場所がなくなってしまったので後輩に譲っちゃいました。

ーー置き場所にも運ぶにも困りますもんね(笑)

森田悠介さんの憧れのヒーローとは?

ーーエレクトリックベースを始めたきっかけの人物は?憧れたヒーローはいましたか?

初めてヒーローだと思ったのはレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーですね。アルバム「By the Way」をかなり聴いていてその前作のアルバム「Californication」の1曲目の「Around the World」 の音がカッコよすぎて衝撃を受けましたね!
ベースのヒーローは数え切れないほどいますが、もっと遡れば小学生のときに観たB’zのライブのベースを弾いていた明石 昌夫さんが印象的でしたね。明石さんは僕の小学校の絵日記にも登場していました(笑)

ーーえっ?B’zのライブのベーシストまで絵日記に描いてたんですか?

そうです!小学二年生のとき初めてB’zの「LIVE GYM」に連れて行ってもらったんですけど、その時に稲葉さんと松本さん以外にも後ろに人がいるなって思って。テレビでも後ろにバンドがいるじゃないですか。それに気付いて、バンドの人たちまで絵日記に書いてましたね(笑)

ーー面白いですね!でも、小学二年生でライブに行くって早いですよね。

母親が結構ロック好きだったので、けっこう連れて行ってもらいました。

音楽一家で自然に音楽に触れていた

ーーお母さんはどんなロックが好きだったんですか?

プログレですね。バンドだとピンクフロイドとか イエスとか。その傍ら、ユーミンとかも好きでしたね。

ーーお母さんが家の中でもたくさん音楽をかけていたんですか?

そうですね、聴いてました。母親は元々作詞を志していたんですよ。だから、「おばあちゃんの米寿のお祝いで作曲するから、あんた達歌いなさいよ!」とか言われて。(笑)
子どもの頃から自然な感じで音楽に接していましたね。

ーーお父さんとか他のご家族も音楽が好きなんですか?

父親は趣味でジャズのサックスを吹いていましたね。兄弟は3つ下の弟がいます。

弟は自閉症で、子供の頃はコミュニケーションを普通にとることが難しくて、音楽をやるのではなく逆に破壊してましたよ。僕のベースを投げてぶっ壊したり。家に帰ってくると玄関の植え込みに僕のキーボードが刺さっていたりとか(笑)

ーーヤバいね!危険ですね(笑)

そんな戦いを繰り広げながら元気に育ちました(笑)

ーーお話を聞いていると、影響を受けているものに対する敬意を言葉の端々に感じます。インスピレーションをもらったり影響を受けたりした人たちへの感謝やリスペクトがある。

今まで歴史が全部続いてきて僕の「Now」があるから、無視はできないなと思っています。

作曲のきっかけはガラケーの着メロ

ーープロになろうとか音楽でやっていこうと決めたのは何歳ぐらいの頃だったんですか?

漠然と小2でB’zの「LIVE GYM」を観に行ったときに、将来こんなことをするかもしれないと思ったことはあったんですよ。
ただ、当時はミュージシャンのなり方もよくわからないし、周りにそんな人いないし。でもやっぱり音楽が好きだから、音楽をとにかくいっぱい聴いたりゲームや映画や色んな音楽に興味を示したりしていましたね。

音楽や作曲に限らず「何かをつくる」こと全般に興味があったのかな。

ーー一番初めに曲を書いたのはいつで、どんな曲でしたか?

自分の曲としてちゃんと楽譜にしたのは中学校の時だった気がしますね。小6〜中学のときはドラムを叩いていたんですが、バンド仲間に借りてギターも練習してました。

当時は厨二病真っ盛りの時だったので、ギターを弾いてメロディーをつけて恥ずかしい歌詞を書いたりして(笑)。そんな曲を楽譜に起こしていたような気がしますね。

ーーそのときはもうすでに楽譜を書くことができたんですね!

バンドでドラムをやっていたので、バンドスコアを見る機会が多かったんですよ。
あと当時は携帯の着メロを自分で打ち込む機能があって、そのおかげで音符の長さを覚えましたね。

ーー着メロの打ち込みってスマホですか?

いえ、IDO(ガラケー)でした。auになる前の。
当時の携帯は音が2和音しか鳴らせなかったんですよ。なので必然的にメロディーとベースラインを打ち込んで曲っぽくしてました。

本当は単音のメロディーしか作れないんですけど、作ったメロディーをいくつか保存できたので、メロディー同士を合体させることができたんです。

ーーマニアックですね!マルチトラックみたいな(笑)

メロディーのパートと伴奏のパート同時に鳴らせば曲っぽくなるんじゃね?と思って、やってみたら見事にできたので、それが面白くて!

ーーそんな楽しみ方があったんですね!

子どもの頃から、歌詞よりサウンドそのものが聴こえていた?!

森田悠介さん幼少期

ーー音楽の素養がない人や、音楽に興味がない人は曲を聴いたときにボーカルのメロディーばかりが聴こえると思うんですよ。

後ろでギターやドラムが鳴っているのは漠然とわかるけど、それぞれの音が組み合わさってひとつの曲になるという音楽の概念のようなものは最初から理解できる人は少ないと思います。

悠介さんにはその概念がはじめからありましたか?

それには特徴的な話があります。僕がまだ物心つく前なので自分では覚えていないんですが、父親が言うには当時ラジカセでいろいろな曲を流していたとき、「悠介、普通だったらメロディーを歌うはずのところを、お前は裏のストリングスの内声のメロディーを歌ってたんだよ」と(笑)

「こいつはハーモニーの音が聞こえてるんだと思ったよ。」と言われましたね。

ーーそれはすごい!

当時のことは覚えちゃいないんですけど、言われてみれば曲を聞いた時に歌詞よりもサウンドで聴こえてくるというか。
例えばSMAPのダイナマイトのイントロのサウンドを聴いて、なんの音でできているんだろう?ということばかり気になってました。

ーー歌詞よりもサウンドそのものが入ってくるんですね。 

そうですね。B’zのライブ映像を観るにしても松本さんのギターソロのとき、着地した音がコードに含まれていない音なのになぜか気持ちよく聴こえるとか、そんな感覚を当時から持っていたと記憶していますね。

もちろん当時はそれがシックスコードだとかがわからないので、不思議な音に着地してるけどかっこいいなと思いながら松本さんの演奏を聴いていました。

小学生でそんな聴き方してるなんて、嫌なガキですよね(笑)

ーー面白い!それは今に繋がっていますね。

そうかもしれないですね。松本さんのギターだけではなく、もちろん稲葉さんのアクションとかもカッコよくて、どちらも好きでしたね。

ーーそんな子供時代だったんですね。

大人と子どもの視点の違い

森田悠介さん 2018年 スペイン バルセロナにて
2018年 スペイン バルセロナにて

ーー余談なんですが、私が昔、塾講師をしていたとき、小学校1~2年生の子に英語を教えていたんです。ある日、授業が始まる前に早めに来ていた子供が、大きな黒板一面にチョークを塗っていたんですよ。

ほうほう!

ーーそれで私が「何を書いているの?」って聞いたんですが、その子は何も書いていないと言ったんです。どういうことかというと、その子はチョークの剥れを見て面白がっていたんですよ!

ああ、断面が面白かったんですね!わかるわかる(笑)

ーー大人は「子供がチョークで何か書いている」と思うけど、子供は「チョークが削れていく断面を見ていた」という視点の違い。

子どもはちょっと違ったものの見方をしたり、違うところに注意を向けたりしますよね。それが大人になるまでの何かにつながるのかなって思いましたね。

たしかに!

ここまで、森田さんの生い立ちや大学時代のことをお話しいただきました。

満ちる
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#2では、森田さんが大切にしている「音楽を人に教えること」についての想いや、ライフスタイルや時間の使い方についてを伺っていきます!ぜひ続きも読んでみてくださいね。

#2 へ続く

「時間がないなら、演奏せざるを得ない環境に自分を持っていく」ベーシスト森田悠介さんロングインタビュー(#2)

「音楽で一番大事なのは、”Feel”(感じること)」ベーシスト森田悠介さんロングインタビュー(#3)

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